ありゃ・・またブログ更新する手が止まってしまった・・
なんでだろう・・?
PCに向かうと睡魔に襲われる〜
自分でいうのもなんだが 疲れちゃってんだろうなぁ・ワタシ・
さて 血管れん縮がおさまった後の母親の経過だが
合併症として水頭症がひどくて はやいうちにシャント手術をしたほうがいいだろうと
医者から言われた
あのあたりが一番症状がひどくて見てられなかった
いびきをかいて寝てるけど 時折痙攣が起きていて このまま呼吸が止まるんではないかと
見てて恐かった
シャントをすればこの症状は改善しますとの医者の言葉で
頼むから早くしてくれ・・というわらをもつかむ心境だった
で、手術は2月22日に無事行われ なんとか改善の兆しが見え 母は一般病棟に移ったわけだが その後の経過が良くなくて よくよく検査してみると
脳室から腹膜に埋め込んであるチューブがどうやらつまっているらしいとのこと。
隋液が腹膜へとうまく流れてなかったわけです
チューブの位置を変えてもダメで 結局は感染症を起こし 軽い腹膜炎になってしまいました
結果 脳室→腹膜へのシャント手術は母親には適してなかったってことです
で もう一つの手段として 脳室→心臓へのシャント
この方法しかないというではありませんか。。。
しかし この方法は 感染症を起こしてしまえば命を落としかねないと言われ とにかく体調が万全になるまでときを待つということだったのです
そして 何回か 手術を試みようとしたわけですが 微熱はすっと続いているし 抵抗力も当然おちているし 今の母に万全な体調なんてそうそうあるわけありゃしません
そのつどそのつど 手術延期・・
一ヶ月以上もの間 水頭症のまま 意識レベルも低く 植物状態に近い母親を見舞う日が続きました
もしかして もうこのまま手術できずに 水頭症で命を落としてしまうんじゃないかという不安
八方塞なもどかしい思い 毎日毎日が苦しくて 病院からの帰りはいつもナミダがとまりませんでした
脳圧が上がってしまっているので 経口食を鼻から入れても 嘔吐してしまうということで 点滴で栄養を送るしかなく これじゃ抵抗力なんてつくわけないわ・・
そんなこと思いながら 低栄養のためすっかり浮腫んでしまった顔や手をマッサージしてみたり 必死に呼びかけてみたり
でも 何度も落胆しては また 立ち上がるしかなく ほんとに この時期は
試練の日々でした
母とワタシたちに 明るい日が 少しでもさす日がくると
もう信じるしか道はなかった
祈ること 信じること そうすることしかなかったわけです
今思い返してみると
もう出来れば あんな思いは
したくないなぁ・・・
ほんとに 辛くて辛くて
ワタシは 長女であるし 同居してるし 自分しかいないんだ 自分がやらなきゃ誰もやってくれない
すごく重圧も感じつつ これは自分に与えられた試練だと 思ってやるんだけど
やっぱり ココロが何度も折れました
運転中とか入浴中とか 一人になると 泣いてました
ダンナはやっぱり 実の母親ではない だからワタシとは当然思いに違いが出てくるわけで・・・
母親の兄弟は 男しかいない 残念ながら こういうときは 母に女姉妹がいてくれたらどれだけ心強いだろうと 思ってしまった・・・
叔父たちは 何かあると心配して来てはくれますが 申し訳ないけど
う〜〜〜ん・・・ って感じだった
妹は妊娠中だったので ムリはいえないし・・・
結局 一人でやるしかないんだわ・・・
周囲のヒトは
しっかり親孝行してあげて
とか
結局あんたしかおらんのんよ お母さんのこと見てあげるのは
とか
色々言葉をかけてくださるわけだけど
それが一気に肩にのしかかってきて
みんな心配してくれてるんだと頭ではわかっていても
キモチがうまくついていけてなくて 苛立ちさえも覚えた そんな精神状態だったなぁ
とにかく 不安に押しつぶされそうになって
一人で耐えた そんな状況は 生まれて初めてだったかもな・・
でも なんとか そんな状態から脱出できるときがやっと訪れてくれたのでした
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