先日 母親の病院に行ったら
ちょうど リクレーションの時間で 車椅子の患者さんたちがビーチバレーもどきをしてて
なんとその中に母親の姿もあった
まぁ ただ座って ボールを目で追うこともなく ぼ〜っとしてる感じだったけど
ボールを渡してもらったときには 手で少しポンポンやってた。
でも こうして 刺激になることをどんどんやっていってもらうことが
少しでも回復の手助けになると思うと ありがたいことだ
ありがたいといえば
このとき ちょうど同じ職場の子も一緒に病院に来てくれてた
彼女は 母親とはほとんど面識もないのに こうしてたまに来てくれる
そして 声をかけて母親も きっと誰かもわかってないはずだけど いっぱい愛想をして笑ってくれる
ほんとに ありがたいことだと 思う
逆に 母親とかなり親交の深かった人は 元気だったころとはうって変わった母の姿を見るのは
どうも嫌らしくて見舞いもこれないみたいで まぁその気持ちもわかるが・・
でも 今 母にとって大事なことは 周囲に明るい声が響くことではないんだろうか・・
母親の友達何人かには
あなたががんばりなさい と 励ましの言葉をよくいただくんだけど
ワタシはがんばってますと いいたい っていうか がんばれとか しっかり見てあげてとか
こういう言葉がけっこう重たく感じてしまう
でも ワタシだけのチカラではどうにもうまいこといかない場合もあるわけで。。
たぶん ワタシが娘っていうこと把握できてはないとは思うけど 毎日のように行ってる=身内
と判断してはいる気もする
だって よそ様にはものすごく愛想をします
もともと外面がよかった母で そんなとこは本能がそうさせてんでしょうね きっと。
母はかなり交友関係が広くていつもワイワイ楽しくやってるほうだった
いつも明るい笑い声が周囲に響いていた
だから 今のこんな状態でも 明るく見舞ってほしいと
ついつい思ってしまうのは ワタシのエゴですかね
ワタシの家族を含め 身内に対しても
もっと母を思う心を持ってほしい
ワタシが中心になって母を見ていくことには変わりないけど
少しでも サポートする気持ちを持っていてくれたら
どれだけ助かることか・・・
だんだんと仕事も忙しくなり 病院にも思うように行けなくなって
でも洗濯物とかオムツとか もちろん母の状態も気になるし
でもでも 仕事はやめるわけにはいかず・・
中 高のわが子たちのこともまだまだやらなきゃいけないこともあり
神様 ワタシに体をもう2つくらいチョウダイ!
なぁんて 最近いきづまってしまってるのでちょくちょく愚痴ってしまうこともある
そんな自分に自己嫌悪,,,
こういうふうに 落ちてくるのは
仕事がありえんほど忙しくなってきた時なんです
やばいな〜 なんとか前向きに 生きたいです;;
テーマ : ひとりごと - ジャンル : 心と身体